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いまここノート

いまここの記憶

U理論 【第2章】 ~Uへの旅~ #Ureading

 ~自分とは何か、ほんとうはどこへ行きたいと思っているのか~

変化の文法というべきものだ。それは私達自身の物語でもある~

 

土曜日朝は #Ureading ♪ 第二回の3/9は第2章を読みました。 

20ページの割に盛り沢山なので、感想もだらだらとまとまりなくなりました。

 

■『変化を仲介できるかは、仲介者の「内面状況」にかかっている。』(p.61)

行動が生まれるソース。行動の源泉となっている内面世界。

この章では、内面世界についてもっと知りたい!と思ったオットーさんが考えたこと、たどった思考やひらめきの軌跡が語られていて興味深いです。

U理論が、Uの谷をくぐって生まれる様子の実況中継。

こうやって、未来が出現するのを待つんですね^^

 

■組織学習・組織変革の方法論として

U理論は、組織学習のひとつの理論あるいは方法論という見方をしてもいいようですね。

考え方や行動の枠組みは変えずにやり方だけを修正する、シングルループラーニング。

前提や既存の枠組みを捨てて、新しい考え方や行動の枠組みを再構築する、ダブルループラーニング。

組織が不確実性に対応するには、ダブルループラーニングが必要だと言われますが、それさえも十分ではないというのがU理論の立場で、なぜなら、「過去に学んでいるという点では同じだから」。

U理論は「出現する未来に学ぶ」。

 

でもこの点、業界の合意事項なんでしょうかね?

ダブルループラーニングにおいても、過去に適応して効率化されている組織では枠組み変更の必要性や手がかりが見えにくいことは前提として指摘されていて、学習のための材料を得る工夫がいろいろと試みられているわけで。

そうした今は見えないものを見ようとする活動は、U理論とどれほど違うんだろうか。

そういう意味ではもしかしたら、そうしたダブルループラーニングを実現するためのひとつの方法論、と解釈するひともいるのかな?

それとも、枠組みを再構成するための判断材料が違う(あるいは違わない)というだけでなくて、その再構成の基準というか方針というかそういうものさえも変わるという意味で、トリプルループラーニングとでも言うべき位置づけなんでしょうか。

…あんまり素人がこれ以上言うとまじでどこかから怒られそうです。

Uの谷底で起こるというプレゼンシング、再生成について、もう少し知らなくてはなりません。 

 

■大切なものは、目にみえないんだ。

さて、オットーさんは未来からの組織学習をしたいと思った。

学習の材料として「未来」を観るために。言い換えると「古い構造にとらわれているために今はまだ見えていない現実」をありのままに観るために、認知学や現象学に学んだんですね。

現象学、最近ちょっと気になっています^^)

 

得たメッセージは、どうやら「経験」を重視するということ。

『「ほとんどの人は意識できる認知レベルに留まっているが、もっと深いレベルが存在する。そこでは理解するという言葉よりも"知っている(ノウイング)"という言い方のほうがふさわしい」』 (第2章p.66)

 

個人にとっての方法論として、保留/視座の転換/手放す の3ステップが提示されます。

たぶん判断を急ごうとすると、使い慣れたフレームか、借り物のフレームを使うことになる。

だから、じっくり観察し、判断を保留する。

そうして、外部の現象から、自分の内部に視座を転換する。そのことによって「過去の経験がつくった自分」がじつは知っていること、ほんとうは大切だと思うこと、こうだったらいいのにと思うこと、そういうものをまぜまぜにして、経験を総動員して、開かれた思考・心・意志で改めて外部の現象をとらえてみる。そんな感じかなぁ~?

 

『「まず徹底的に観察する。それから一歩後ろに退くんだ。うまくいけば内面の深い場所にある何かに触れることができる。そこから"ノウイング"が浮かび上がってくる。」』(第2章p.66)

『「ひたすら待って、経験が何か形になってわき上がるのに任せるんだ。決定する必要はない。何をすべきかは自ずと明らかになる。/自分の源泉はなにか、誰なのか、ということがむしろ重要だ。」』(第2章p.66)

ここらへん、好きです^^

 

■3人の敵

開かれた思考・開かれた心・開かれた意志を試す、3人の敵の存在は非常に示唆的です。

『少なくとも三回は心理的な抵抗を感じる/開かれた思考への入口を塞ごうとする「評価・判断の声(VOJ)」/開かれた心への入口を塞ごうとする「皮肉・諦めの声(VOC)」/開かれた意志を閉じさせようとする「恐れの声(VOF)」』(p.76)

『「評価・判断の声(VOJ)」に耳を塞がなければ創造性にたどりつけない/「皮肉・諦めの声(VOC)」は傷つくのを恐れものごとから距離をとる冷めた声/「恐れの声(VOF)」、経済的な保証、社会的な立場を喪うかもしれないし、嘲笑されるかもしれない。』(p.77)

いつでも克服できるとは限らないけど、いつも3人の敵に試されていることは覚えていたいです。

 

別文脈でちょうど手に取っていた『18分の法則』という本で、なぜか同じタイミングで、同じような言葉に出会いました。なんだろう、このシンクロニシティ

 

■リーダーには、メンバー同士には、なにができるのか

この3人の敵との対峙は、おそらくメンバーひとりひとりの葛藤となるでしょう。メンバーのフェーズの違いをどう扱うのかな?という問いかけをまじよしさんからいただきました。

 

というような会話はさせていただいたんですが、みんなで未来を観るために、リーダーはメンバーに、あるいはメンバー同士はお互いに、何をしてあげられるでしょうね。

 

・外部で起こっていることの観察をじっくりと重ねること。

・判断の保留に努め、焦らないよう、励まし合うこと。

・外部で起こっていることは、自分とは無関係ではなく、むしろ自分がその主体であり、変化を起こすことさえできるということについて、会話をすること。

・視座を内部に転換し、縛られている古い枠組みや3人の敵との対峙状況について、それぞれが自覚的になれるようにフィードバックしあうこと。

・そして、手放す。・・・できるのは、手放したあとのその人を信じてあげることくらいかな。。。

 

『「保留のあとに何も起こらないことに対して寛容である必要がある。/そこに留まっていることこそが重要だ」』(p.70)

『そして手放すことが大切だ/そうすることによって「経験を受け入れることができる」』(p.70)

 

■笑ってバイバイできるかな

レッティング・ゴーって、英語だとどういうニュアンスですか?

もしかして、「行かせてあげる」っていう感じなのかな?とふと。

そうなると「縛られている」でなくて、「抱えている」可能性も出てきますね。

 

そういえば親キャリ勉強会のときに、わたし何度か「話す、離す、放す」という言葉を使っています。あずちゃんが指摘してくれたんだけど、これってひとつのレッティング・ゴーですね。

話す、離す、放す。は何かの本で読んだフレーズです。人と話して、自分のことを客観視して、抱え込んでいるものを手放したらいい。そんな話だったんですけれど。

でもU理論のレッティング・ゴーに置き換えてみて、手放す怖さがよくわかったし、抱えることは何かに依存することなのかもしれないとも思いました。はっけん、はっけん。

 

スナフキンじゃだめなのか。

最後に。

認知科学や気づきの分野の研究者、教育者の活動は左側の「心を開く」プロセスに集中しており、右側の曲線を上るときの集団の創造プロセスはほとんど注目されていない』(第2章p.71)

でも、きっと右側が難しいんですよね、はい。

わたし、どうもスナフキンなんですよね。手放して、自由でいられる、Uの谷でふらふらしていたい。いつまでも左側のおさびし山を登ったり降りたり。。。

ちゃんと勉強して実践したいです。

プロトタイピングが大事になるかなって思ってます。

 

さてさて、こんなに長くなるとは思いませんでした。楽しいですね。#Ureading。

ではでは、おやすみなさい。

 

#Ureading とりあえず集めただけ 【第2章あたり、3/3~3/9頃】 http://togetter.com/li/468526 

個人的 #Ureading メモ 【第2章】 http://togetter.com/li/468507