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いまここノート

いまここの記憶

『だれのための仕事』

探偵仕事 「自由」研究 読書記録

鷲田清一先生の『だれのための仕事』を読みました。

以前ご紹介いただいて大阪大学の総長としての式辞を読んで感動しまして、著書も読んでみたいとずっと思っていました。

この式辞が素晴らしいです。
www.osaka-u.ac.jp/ja/.../h23_shikiji.pdf

他者との隔たり、copresenceただともにあること、よきリーダーにある翳り、よきフォロワー・「請われれば、一指し舞える」人材であれ

など印象的な言葉にたくさん出会います。


はい、きょうは『だれのための仕事』です。

細かい引用はしませんが、深く共感しました。

生きがい、はたらく意味を求めてしまう人間。

「成長」し続けるべしというような価値観に縛られ、自己という感覚が時間を超えて継続することを求めすぎてしまうのはなぜなのか。
すべての時間、「いま」を有意義に無駄なく過ごさなければならないという「真空恐怖」はどこからくるのか。

じぶんが生きてここにあるという手触り感を得ようとするなら、「他者の他者」としての自己をたいせつにしよう。
継続する自己だけでなく、外に開かれ変化する自己という、ゆるみ、遊びのあるアイデンティティをもとう。
目的地ではなく、回り道や道草も大切にしながら、変化し続ける感覚こそを楽しもう。

たぶんそんなことが書いてありました。

日頃ひとりごちている内容にとても重なってびっくり。
とても勇気づけられました。嬉しかったです(^-^。)

もうひとつ。
“responsibility”は、日本語の「責任」よりも、本来は「応えられる」という意味を持っていること。

じぶんが他者と思う他者からの求めに。
CallingやMissionに。

「応えられる」チカラ。


深く共感することが多くて、それらが社会学らしい?論拠のもとに展開されていて。まだ消化しきれていませんが、素晴らしい読書体験でした(^-^)

自分自身の人生における問いや研究にどんな意味を持つのか。鷲田先生の著作ももう少し読みつつ、考えていきたいです。

だれのための仕事――労働vs余暇を超えて (講談社学術文庫)

だれのための仕事――労働vs余暇を超えて (講談社学術文庫)