2種類の後悔
ふと。
生きていると大きなものから小さなものまで日々さまざまな後悔にまみれますが、もしかしたら大きく分けると2種類なのかな。
自分で決めなかったことに対する後悔
ひとの意見や助けを求めたり受け容れなかったことに対する後悔
どちらがより苦いかなぁと。そんなことを考えてました。
知らなかった、調べなかった、流されてしまった、よく考えなかった。
信頼しなかった、格好つけたかった、自分でできると思いたかった。
自分で選んでも流されても、その結果を後悔しようと思えばできるってことでもあるような気もするけれど(^-^)
起こってしまったことの後悔より、次のより快適な一手がだいじとは思う。
でも、依存と自立を行ったり来たりしながらいいブレンド、バランスをめざしたいとも思う。
困ったら口に出す。(依存)
善意の情報にたどりつく努力をする。(自立)
結論を保留して急がない。(依存)
善意の提案だからと妥協して盲従しない。(自立)
自分の後悔のツボを知る。(自立)
結果を吟味しきれなくても機会に乗ってみる。(依存)
誰かの基準で判定される損得や勝ち負けに踊らない。(自立)
後悔を忘れて明日の風を感じる。(依存)
たとえばそんな感じ。
携帯電話を買い換える度にばかばかしくそんなことばかり考える。
世界はわかりやすくはできていないんだなぁと、自分のままで生きていこうとする自分の甘さを噛みしめる。